
長文覚悟せよ。 トルエンの酸化に限らず、酸化反応は複雑で、反応機構を詳細に特定することが困難です。その理由は、酸化は反応にラジカル種が関与しながら進行するためです。ラジカル種(不対電子を持った化学種)は反応性が極めて高くまた反応速度も速いため、発生したラジカル種から考えられる反応ルートが多数あり、実際の反応がどのルートを通っているのか(あるいは各ルートをどういう割合で通っているのか)の特定が困難なのです。また、原料と生成物が同じになる酸化反応でも、酸化剤が金属酸化物なのか酸素分子なのかなどで細かい反応機構が変わり得ます。なので前提として、酸化反応の反応機構はあくまで考えうる一例が示されるだけで全貌はほとんどよく分かっていないものだと考えてください。 さて、以上を了承してもらったら、次のwebページを参考にしながら要点だけ説明します。末尾に参考文献がきっちり示されているので、このページをひとまず信用して、読んでみましょう。 http://hattorigawa.cocolog-nifty.com/blog/2017/08/post-c2c8.html このページでは、酸素分子によって発生した過酸化物を中間体として生成する酸化反応経路が紹介されています(先ほど言ったように、この機構は金属酸化物を酸化剤として用いた場合の酸化とは詳細が異なります)。 トルエンの酸化反応において重要なのは、初手の「メチル基のラジカル化」です。トルエンのメチル基の水素原子が酸化剤によってラジカル的に引き抜かれ、C6H5CH2 なるラジカル種が出来ます。このラジカル種は大学の有機化学でよく学ぶ「ベンジル位のラジカル」(ベンゼン環から見てトルエンのメチル基の位置の炭素を「ベンジル位の炭素」と呼びます)というやつで、要するにベンジル位の炭素はラジカルになりやすいよ~ということです(説明は省く。大学の教科書を読んで)。ここに酸素分子や金属酸化物中の酸素原子が結合することで、炭素-酸素結合が生じます。そこから先は酸化剤によって反応機構が変わります。とにかく私から言えることは、ベンジル位の水素はラジカル的に引き抜かれやすく、そのことが足掛かりとなって炭素-酸素結合が形成されるということです。 紹介したwebページでは上記のようにして酸素がラジカル的にベンジル位に結合し、あとそのへん漂ってるトルエンや水から水素を奪って結局 C6H5CH2OOH なる過酸化物が発生するとされています。過酸化物中にあるO-O結合は不安定なのでラジカル的に分解してC6H5CH2Oというラジカル種になるとされます。 ところでこのラジカル種はベンジル位にまだ2つの水素を持っていますから、これもラジカル的に引き抜かれる対象となり得ます。この水素が引き抜かれると、隣接するCとOに不対電子がひとつずつ乗っている状態になりますが、この状態ではCとOはもう一本共有結合を作った方が安定な分子になるということで、結果的にC=Oが出来ます。これで出来上がるのがベンズアルデヒドです。 強い酸化剤の場合、ベンズアルデヒドからさらに酸化が進みます。すなわち、CHOのHがラジカル的に引き抜かれます。先ほどと同様に、ラジカル炭素に酸素分子が結合することで過酸化物が生じ、やはりO-O間で結合が切れて分解し、最終的に溶媒の水から水素を奪って安息香酸に帰着します。ここまでくると、もうベンジル位には水素はひとつもないわけで、引き抜けるものがないので反応が止まります。こうしてトルエンが安息香酸になります。 以上です。正直なところ、今回紹介したwebページは高校化学で一般的に習う「過マンガン酸カリウムによる酸化」とは反応機構の細部が異なるので回答者の満足いく答えになっているか不安なのですが、要点は同じなのでこれで納得してほしいところです。 (ちなみに読んだ本だと、過マンガン酸イオンが酸素源になる酸化反応では過酸化物が発生しない機構で、代わりにC-O-Mnというエーテルっぽい結合が生じたり切れたりすることでベンジル位にどんどん酸素が入っていくようです。なお、この結合の組み替えを繰り返すことで+7価のマンガンが電子を受け取って最大で+2価まで還元されます。文字で説明するの辛いので『講座 有機反応機構〈第10上〉酸化反応と還元反応』 (東京化学同人, 1965年) を読んでください。) 酸化反応機構は複雑で難しく、必ずしも全貌が理解されているわけでもありません。私もこの質問に答えるために専門書を数冊読みましたが、過マンガン酸カリウムを用いてトルエンを相手にした場合の詳細な記述は見当たりませんでした。もしこの反応の反応機構に心当たりのある方がいれば教えていただきたく思います。 というわけで、本当に以上です。
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