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こんにちは。私は教員志望の大学生です。

『ナチスは「良いこと」もしたのか?』が話題になっていますね。私もこのブックレットをこれから読む予定なのですが、教員を目指す場合、この本で批判されている「間違った俗説の元ネタ」の本にも目を通しておくべきだと思われますか?

間違った俗説の元ネタを把握しておくことで、生徒が誤った言説を素朴に信じている場合の対処や教材化に活かせそうな感じもしています。しかし、そのような形の授業づくりはかなり巧妙にやらないと生徒の素朴概念に切り込むのが難しいような気もします。

また私は、今までも研究者の方が誤った俗説を批判・否定する言説を聞いたときに、そもそも私自身の不勉強により、定番化されている誤った俗説の方を知らないことが多々ありました。そういった場合に、どのように勉強を進めていけばよいのか困っています。

長々と書いてしまいましたが、もしよろしければ何かアドバイスをいただけると幸いです。

読む必要はないと思います。俗説を事前に収集しておいてそれをたたく授業を展開するという発想ではなく、まずは史実・学説などを読書によって教師自身が理解し、そのうえで生徒の学びの事実をつぶさに見取る授業(生徒の認知過程の外化をともなうアクティブ・ラーニング型授業)を行うことで、生徒の歴史認識・社会認識のおかしなところに気付くことができると思います。そして、そこで気付いた生徒の学びの事実をもとに教材研究をして指導計画をつくる方針を取った方が現実的かつ意味のある授業づくりになろうかと思いいます。 たとえばイスラームに対する偏見なんかもそうで、私はてっきり生徒は「イスラーム=野蛮」という偏見を抱いていると思っていたのですが、いざ匿名アンケートを取ってイスラームのイメージを語らせると「一部の過激派」といった表現に見られるようにイスラームと過激派をイコールで結び付けていないことが見えてきて、「一部の過激派」がなぜ生まれているのか、またイスラーム本来の教義はどのようなものなのかを知りたいとする生徒が実態が見えてきました。このアンケート抜きに、イスラームへの俗説・偏見に切り込む授業をしたとしても空回りだったと思います。一方で「宗教に厳格すぎる」「礼拝面倒くさそう」という認識も見えてきたので、実はムスリムの中には礼拝を忘れる人もいる、といったことを紹介して、宗教を信仰する者である前に一人の人間だという当たり前の事実に気付かせる授業につなげることができました。 長々と書きましたが、いずれにせよ生徒の素朴概念を見取ることが大切であり、読書すべきは「間違った俗説の元ネタ本」の方ではない、というのが私の回答になります。

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