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三重結合、たとえばアセチレンのH-C-C結合角は180°で描かないとダメだという話がありましたが、これはどこかに明文化された規則なのでしょうか?あるいは慣習の域を出ないものですか?

「規則と呼べるほど定まってはいないが、少なくともIUPACが180°で描くことを推奨している」という感じです。いくつか文書の記述を見てみましょう。 世界標準で化学の決めごとをしている IUPAC という組織があります。IUPACが提示する文書の中でも一番効力を持っているのは "IUPAC goldbook" というものです。その中にある"line formula"(線表記)の項目を見てみると「空間的な情報は表していない」と書かれています。また、"structure formula"(構造式)の項目を見てみると「空間的な結合と配置の情報を示す」と書かれています。 このふたつは互いにバッティングした記述に見えます。空間的な情報を表さないのであればHCC結合角は180°で示さなくてもよいし、空間的な配置情報を示すなら180°で描くべきです。さて、私たちはどのように描けばよいのか。 ここで、同じくIUPACが出している文書を紹介します。 "graphical representation standards for chemical structure diagrams (IUPAC recommendations 2008)" (Pure Appl. Chem., Vol. 80, No. 2, pp. 277-410, 2008) というもので、IUPACが2008年に出した構造式の推奨描き方まとめ論文です(http://publications.iupac.org/pac/80/2/0277/index.html)。この論文では冒頭に、 ・構造式の描き方を「正しい、正しくない」と断じることのできるケースはほとんどない ・しかしながら、化学者のあいだで適切な構造式の描き方が共有されていることは間違いない ・構造式を適切に描くことは重要であるが、そのガイドラインが文書にまとめられることは少ない という旨を示し、構造式の適切な描き方を説明しています。この中の GR-4.1.1章にて三重結合の描き方が説明されていて、曰く「炭素と等電子的でふたつの二重結合(あるいはひとつの単結合とひとつの三重結合)を持つ原子は、結合を180°の角度で描かれるべきである。」とされています。 このような化学者の慣習的規範がIUPAC推奨のもとに明文化されていることは非常に重要です。論文中にある通り、構造式の正しい・正しくないを規則化することはほとんどの場合できません。それは化合物には多くの例外があり、それらを包括する記述規則を作ることが実際的に無理であるからです。しかし多くの化学者が化合物の構造をより容易に理解するための作法を大切にしており、そこに共通の価値観があることは確かです。それをIUPACが認めて推奨する文書を出しているわけですから、率先してこれに反する構造を描き続ける必要はない(むしろ害悪である)と私は思います。 以上です。よほど特別な理由もなくて、周りの化学者とよりよいコミュニケーションをする気があるなら、ぜひ180°で描いてください。よろしくお願いします。

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