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はじめまして。数々の素晴らしい記事、いつも参考にさせていただいております。
私は「女性同士の関係性を描いた作品」、いわゆる「百合」と呼ばれるジャンルを好んで読み書きしており、いつかはその専門で作家デビューができたらいいなと考えている者です。
現在は掌編作品を書いて執筆の鍛錬をし、長編作品を書き上げるための技術や体力をつけていこうとしている段階です。
さて、今回送らせていただく作品も「百合」です。それが好きな読者が楽しめるかはもちろん重要ですが、自分の作品が「小説」として普遍的な文学性や面白さがあるかどうかについて特に気になっています。プロ作家の先生の観点からアドバイスをぜひ頂戴したいです。2000字ぴったり(空白含めず)ですが、何卒よろしくお願いします。
以下、作品です。タイトルは「朱殷の遺恨」です。

◇

「もし急に私が死んでしまったとしたら……どうする?」
「朝から晩まで泣きしきって、その涙に溺れて私も死んでしまうだろうね」
――嘘をつけ、この尻軽女が。
 歯の浮くような彼女の回答に私は心中で唾を吐いた。
 服屋でのショッピング帰りに寄ったラブホテル。煙草臭い部屋で二人きりのファッションショーを楽しんだ後、私たちは全てを脱ぎ捨ててベッドの上で寄り添いあっていた。
 彼女のきめ細かい肌は果実を思わせるような潤いに満ちていて、ごわついたシーツの上ではより際立って感触が伝わってくる。まだシャワーを浴びていないのに、その身体からは石鹸のような穏やかで清々しい香りがする。
「こうして抱き合ったまま、死んでしまいたい」
 私の呻くような呟きを聞いて、彼女はフッと溜息まじりに笑った。そして、言葉の代わりにキスで私を窘める。私の薄い唇を啄み、舌先も使いながら頬から顎先にかけて丁寧に撫でる。そのまま喉元へ顔を移動させ、首にその肉感的な唇を押し当てると、音を立てながら吸い上げ始めた。
「もっと強くして」
 私は懇願するように囁き、彼女の頭を抱き寄せる。吸われ続けている皮膚の内側に、じくじくと痛みを伴いながら熱が集まってくるのを感じる。しばらくして、彼女は湿っぽい息を緩やかに漏らしながら唇を離した。
「また痕になっちゃった」
 上目遣いで私に微笑むその顔は、悪戯を告白する子供のようで憎らしいほどに愛らしい。

 付き合い始めて今日でちょうど一年経つ。
 思えば、初めて会ったときからもう好きになってしまっていた。友人として何度も顔を合わせる内に恋心の輪郭は濃くなり、自分の気持ちを無視することは難しくなっていった。
 しかし、彼女は文句のつけようのない整った容姿に人懐こい性格、聡明で自信に満ちていて誰からも慕われる才女。それに対して、私は興味を抱いてもらえるような要素など持ち合わせておらず、周囲の魅力的な人たちを出し抜くような胆力などまるで無かった。
 傍から眺めているだけで充分だったのに。想いは胸に秘めていたつもりだったのに。
「私のこと好きなの、バレバレだよ」
 そんな一言で私の心は容易く射抜かれた。今日と同じホテルに連れていかれ、私は泣きじゃくりながら全てを曝け出して愛を示した。
 そして、身も心も差し出したその日以来、彼女からの愛で満たされたいという甚だしい渇欲が私を襲うようになった。
 しかし、彼女から真っ当に愛されることなどついぞなかった。私は何人もいる都合の良い女の一人に過ぎなかったのだ。彼女が真に愛しているのは、そんな私たちを意のままに支配している彼女自身なのだろう。
 死にたいと思った。しかし、それは絶望や悲嘆による苦悶の衝動ではない。私はもはや、彼女を愛していると同時に恨んでいる。このままいつか関係が途絶えてあえなく忘却されるくらいなら、私の死によって彼女の心に消えない傷を残してやりたいのだ。
 そのためには自殺では無意味だ。私が勝手に命を絶ったところで、彼女はひとしきり嘆いた後に女を抱いて、こびりつく疚しさを振り払うまでだろう。時が経つにつれて自然治癒で消えるような傷では、命という代価にとても釣り合わない。
 心を深く抉るならば、彼女による行為で死ぬべきだ。彼女自身にトリガーを引かせ、着弾を直視させるのだ。
 そして、私は彼女にキスマークを乞うようになった。痕が残るくらいに強く皮膚を吸引すると、その下の血管に血栓が生じる場合があるらしく、それが原因で脳卒中や心筋梗塞によって死亡した人がいるという記事を見たことがあったのだ。
 支配の証として私に遺した痕が死を誘引するとは、なんて理想的な方法だろうか。確率はとてつもなく低いだろうが、試してみる価値はあると思った。彼女はキスマークを付けられることを頑なに拒否するが、幸いなことに、人に付けることは喜んでいくらでもする。どこまでも所有欲が強い女なのだ。
 問題はお互いの気持ちによって前後するタイムリミットだ。速やかに成し遂げねばならない。彼女が私を捨てる前に。私の憎しみが愛情を上回る前に。

「ねぇ、もっとして」
 私は顔を上向けて首筋を伸ばした。ここは皮膚も薄く、血管も集中している。死に至る傷を付けるには最も適している場所だ。
「今日はやたらとねだるね」
「付き合って一周年の日なんだし、いいじゃない」
 私の言葉に、彼女は一瞬だけ動きを止めて戸惑いの表情を浮かべた。
「……そうだね」
 しかし、すぐに得意の甘い笑顔で頷き、私の頭を撫でる。
 誤魔化せたと思っているのだろうか。それでも、「忘れていた」と正直に言えない彼女のプライドの高さすら、私は愛しく思えてしまう。同時に、他の女との記念日は覚えているのだろうかという疑心も沸き起こる。
「ほら、もっと。……忘れられない日にしてね」
 私は彼女を見つめながら、自分の首を両手で愛撫するように触れる。先ほどキスされた場所には、ほのかな熱と彼女の唾液がまだ残っていた。

 了

こちらで回答させていただきました! https://note.com/kaoru_yukinari/n/nf9a1649f720f 作品をお寄せいただき、ありがとうございました。

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