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こんにちは。小説家を目指す高校一年生です。
いつも楽しく行成先生の記事を読ませてもらっています。小説家を幼い頃から夢見ていましたが今まで完結まで行き着けずに諦めていました。本作が初めてピリオドを打てた作品です。また、三月末には別の作品を純文学の新人文学賞(すばる/文藝)に応募しようと意気込んでいます。つきましては行成先生にアドバイスと本作が純文学として成り立っているのかを教えていただきたく思います。二千字を少し超えてしまい申し訳ないのですがどうぞよろしくお願いいたします。

『桃子という女』(2125字)
風呂上がりの女が普段より三倍増しで可愛く見えるんは男に抱かれるためなんよ。桃子人生の格言である。潤んだ瞳、上気した頬、朱い唇。己のコンディションを確認した桃子は完璧やな、と呟いた。ゴテゴテと装飾のついたでっかい鏡を前に、ナチュラルメイクなるものを顔に施していく。風呂上がりならではの良さを潰していると正直思うけど、男ウケがダンチなんだから仕方ない。ちなみに服もスッケスケのネグリジェである。サービスあってなんぼの職なのだ、これは。

「モモコちゃんマジで可愛いね、これがすっぴんとかガチえぐー」
男から漂うタバコの臭いが桃子の鼻を刺す。
おっしゃる通り今私すっぴんちゃうから可愛いんやで、桃子は心の中でツッコミつつ、流し目を男にくれてやった。
「いやぁ彼女のすっぴんなんか見れたもんじゃないからさー」
アハハと男は声をあげて笑う。桃子は男の首筋に柔らかくキスを落とした。
「ちゃんとゴム付けてよね」
桃子は男の背に腕を回す。もちろん、彼女に怒られちゃうよ、男は再び笑い出した。男は桃子のスケスケネグリジェのボタンをぷち、ぷちと丁寧に外していく。
「あ、あと」
押し倒しされた桃子はベッドのシーツに緩く爪を立てた。桃子の胸を男が掴む。
「唇にキスしないでよ」
胸を揉みしだく男の手が止まった。この瞬間が桃子は大好きだ。なぜなら、これを言われた男たちはみんなひょっとこみたいな顔を浮かべるのだから。

別にキスが嫌なわけではない。多分、桃子は男の顔が見たいのだ。狂った獣がふっと正気を取り戻してひょっとこみたいになるあの顔が。女という性を背負って産まれ、それを求められている自分を一瞬忘れられるあの刹那が。
組み敷かれるたび桃子は思う。女は弱い。男に勝てない。男女平等なんてまやかしだ。だって身体のつくりがハナから違うんやもん。抱く者と抱かれる者。孕ませる者と孕む者。どうあがいても乗り越えれんこの壁をつくったんは神様ということだからこの世界はほんと救いようがない、と。こう自分に言い聞かせるうち桃子の視界はその答えしか映さんようなった。嫌でも時は進んで、同級生たちは結婚ラッシュに入り、桃子の妄信は案の定というか突き崩される。神様は確かに壁をつくったけんど勝手に失望し諦めという名の罪をどんどん被せて、女の業に仕立てあげたんは他でもない自分自身やったんよ。
桃子は中学の頃、燃え上がるような恋を求める同級生たちがわからんかった。白馬の王子様も少女漫画のヒーローもおらんこの世界で大恋愛を求める気持ちがわからんかった。そのころから桃子は家庭的で子煩悩な男と絶対結婚したると宣言していたから、周りの女の子たちは桃子ちゃんは大人やね凄いね、と口々に言った。運命という言葉に目を輝かせていた少女たちはいつしか女性になって、みんな相手を見つけて結婚した。あの日階段の先に立っていたはずの桃子は知らん間に抜かされて最後の一人になっていた。焦って追いつこうとしても、桃子はみんなのように階段を登るごとにいらん荷物を捨てれんで身体が重くて登れんかった。いらん荷物をいっぱいいっぱいしょって、荷物が落ちんようにと自分と荷物を縄でくくりつけるけんどその縄が腹にキリキリ食いこんで痛いよぉ痛いよぉと十四の桃子が泣いている。桃子の付属品だったはずの荷物は桃子の中心に成り替わっていた。男と交わるたびにその荷物は増えていく。

「次は渋谷、渋谷。お出口は右側です......」
電車のアナウンスに意識が浮上する。慌てて窓の外を見た。夜じゃない。ほっと息をついた瞬間、世界が桃子の頭に流れ込んでくる。そうだ、そうだ。あの男の相手をしたのは昨日の夜。今から向かうのはハチ公前、陽太との待ち合わせ。
ハチ公前に着いてきょろきょろと陽太を探していると後ろから声をかけられた。
「桃子マジで可愛いね」
にっこにこの陽太である。風にのって届く匂いは陽太のワックスのはずなのに、なぜか桃子は煙たく思えた。緩く巻いた桃子の髪を陽太が自分の指に絡ませる。人前はヤなんだけど桃子が可愛すぎて、と陽太はそのまま顔を近づけてくる。今まで陽太とキスしたことは数え切れんのに急に耐えれんなった。忌避感のままに俯いて両手で唇を覆う。そこまでし終えた後、間違ったと気づいた。今、陽太はひょっとこみたいな顔をしているんだろうか。桃子は怖くて怖くて顔をあげれんかった。陽太のごめんね、が頭上からぽつりと落ちてくる。その声を耳が捉えた瞬間、堰を切ったように桃子の何かが溢れ出した。ごめん、ごめん、違うねん、陽太は何も悪ない、ごめんね......。でもその懺悔の言葉たちは自分の影に染み込んでいくばかりで陽太にまで届かない。滲んだ視界に輪郭のぼやけた陽太の手が映る。
「痛かったんだね、桃子。大丈夫、大丈夫だよ、いたいのいたいのとんでいけ」
桃子よりも苦しそうな陽太の声が彼女の身体に響き渡った。桃子はやっとこさ顔を上げる。桃子はこういうときどうしたらいいか知らんから、とりあえず濡れた瞳で陽太を見つめ、彼の手を取って自分の頬にあてた。
風呂上がりの女が普段より三倍増しで可愛く見えるんは男に抱かれるためなんよ。だってそうやって生きてきたんやん、今さら変えられんって。

以上です。お読みいただきありがとうございました!

作品をお寄せいただき、ありがとうございます。 こちらで回答させていただきました! https://note.com/kaoru_yukinari/n/n23527a608879 すばるの新人賞をもし獲られましたら、ぜひご一報くださいませ。 授賞式にお伺いしたいと思います。

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