
これはスタータースパイス問題ですね。 ご質問者様はダルタルカという料理をご存じかと思います。ダルを煮て、最後にスパイスや玉ねぎなどをテンパリング(タルカ)する料理です。ダルは煮る工程が長いので、スタータースパイスとしてスパイスを使っても完成時には香りが飛んでしまうから、もしくは豆を煮るという工程が独立して存在しているから、スタータースパイスではなくテンパリングという形でスパイスを使うのだと思います。 それなら、ほかの料理でもテンパリングにすればよいじゃないか!という質問者様の考えはごくまっとうだと思います。実際のところ、スタータースパイスを全てテンパリングに置き換えても、それほど問題はないと思います。けれど、インド人はスタータースパイスをやめないとも思います。なぜやめないか、説明を試みます。 ①テンパリングは面倒 メインの鍋とは別にテンパリング用の小鍋が必要なため、洗いものが増えます。コンロがふたつあったほうがやりやすいので、貧弱な設備で料理をするときには、テンパリングが面倒なこともあります。 ②スパイスと具材の一体感が欲しいから ご質問者様はもしかしたらチキンカレーを想定しているかもしれません。ある程度の水気or油分がある料理であれば、調理工程の最後にスパイスを加えても問題はありません。 ただ、サブジやポリヤルなどの炒めものの場合は、少し話が変わります。火が通った状態の野菜に、たとえばクミンをテンパリングすると、クミンは歯ごたえが残ります。香りもしっかり立ちます。野菜には火が通って柔らかくなっているのに、スパイスは調理したてで若々しい状態です。これでは、料理としての一体感が出ません。「野菜にスパイスをかけたもの」になってしまいます。 スタータースパイスとしてクミンを使っていれば、炒めたり炒め煮にする工程でクミンも香りが落ちついて食感もふにゃっとしてくるので、火が通ったら野菜との一体感があります。 ということで、料理としての一体感をもたせるために、テンパリングではなく、スタータースパイスにする必要があると言えます。 ③スパイスの香りを立たせなくても良いから これはかなり怪しい論立てでしかも長いです。 実はインド人は、それほどスパイスの香りを立たせることに興味がないのだと思います。だから、スタータースパイスとして使ったスパイスの香りが飛んでも、気にしないのです。かえって日本人の方が、スパイスをくっきりと立たせることにこだわるように思います。 つまり、「スパイスを立たせたい日本人」と「別にスパイスが立っていなくても良いインド人」の違いが、スタータースパイス問題として現れるのだと思います。 それではなぜ、日本人はスパイスを立たせたがり、インド人は頓着しないのか。怪しい話を展開します。 日本においてスパイスは、七味唐辛子のように「料理に振りかけてアクセントをつけるもの」としてまずは受容されていると思います。スパイスは、ベースとなる料理にプラスαをもたらすもの、という認識です。うなぎにアクセントをつける山椒も同じです。スパイスと言えばカレーですが、欧風のシチュー的な料理にカレー粉を加えることでカレーに変身させるのも、「スパイス=アクセントをつけるもの」の図式に近いと思います。 日本においてスパイスはアクセントをつけるものであるとすれば、ベースとなる料理といかにしてコントラストをつけるか、メリハリをつけるか、という発想になります。山椒がもやっとした香りで、ウナギとのメリハリがついていなければ、山椒をかける意味はないのです。だから「カルダモンの香りがはっきりと感じられるチキンカレー」が、日本においては望ましいスパイスの使い方なのだと思います。 繰り返しますが、日本においてスパイスとは、メリハリをつけるものであり、アクセントであり、しかも異国の味である、という認識だから、スパイスを立たせることにこだわるのだと僕は考えます。 それでは、インド人にとってスパイスとは何か。おそらく、スパイスはアクセントを加えるものではなく、調味料に近いのだと思います。スパイスは、あって当然のものであり、目立たせる必要もないのです。 これだけでは納得してもらえないと思うので、醤油とスパイスを持ち出して話を進めます。 我々はターメリックとチリパウダーにガラムマサラを混ぜたものを食べると「異国の味!」と認識しますが、インド人にとってそれは「ホッとするなつかしの味」です。 我々は醤油味のものを食べると「ホッとする…故郷の味…」となりますが、インド人に醤油味のものを食べさせると「エキセントリックだ!ソイソース!!」となります。同じものを食べて、異国の味と感じるか、懐かしの味と感じるかは、当然生まれ育った文化に影響を受けます。当たり前ですね。 インド人にとってのスパイスは、我々にとっての醤油のようなものだとするならば、インド人がスパイスをくっきり立たせることに頓着しないのも理解しやすいです。我々は、醤油を立たせる使い方もしますが、つねに生醤油!!生醤油!!だけを求めているわけではありません。煮つけや煮っころがしなら、醤油の味はなじんでいる方が良いでしょう。醤油が立ったうどんスープも好みは分かれます。 ここまで話を進めれば、インド人が、胡瓜にそのままスパイスを振って食べたり、チャナチャットにとんでもない量のスパイスを使ったりすることと、モロキュウにおける味噌や、海苔巻きにちょんちょん醤油をつけて食べることの類似性が理解できると思います。そういう、プラスαとしてふりかけて使う場合、インド人は日本人が躊躇する量をためらわず使います。 こう考えると、ダルタルカはなぜスタータースパイスではなくテンパリングをするかも、「香りを残したい」という発想ではなく「工程上そちらの方が自然だから」の方が説得力を持つ気もします。 字数制限があるのでまとめますが、以上3つの理由から、スタータースパイスというある意味では非効率的なスパイスの使い方を採用するのだと思います。
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