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日本流のカレー(という名称があってるかはわからないですが、固形ルーを溶かして作るやつです)に隠し味を「入れる」「入れない」で意見が分かれているようですが、イナダさんの見解をお聞かせ願えればと思います ^_^

小麦粉とカレー粉を油脂で炒めてルーから欧風カレーを作るとき、肉と野菜をブイヨンで煮込んでそこにそのルーを加え塩で味付けするとカレーは一応完成します。しかしそのカレーはたしかにおいしいんですけど、ある意味それはあくまでミニマルなおいしさで、現代人の多くにとって素直においしさが伝わるようなものでもありません。 ところがそこに隠し味としてとりあえず家にある目についたものを色々と、つまりケチャップとか醤油とかソースとかジャムとかを少しずつ入れていくと確実にそれはキャッチーなおいしさになっていきます。 それと似た話でおもしろい話を聞いたことがあります。1970年代にホテルフレンチのコックさんをされてた方に聞いた話。 そのレストランには(当時のホテルレストランとして当然ながら)カレーがあり、そのカレーには一応決まったレシピはあるんですが、最後の仕上げの味付けはコックさん一人一人の裁量に任されていた、というのです。 ケチャップとウスターソースはだいたい全員入れてたそうですが量はまちまち。そして醤油と味醂を足すコックさんもいれば、喫茶部からその時余ってたジュースをもらってきて入れる人、カルピスを入れる人、そしてマンゴーチャツネやココナツミルクパウダーを入れる人もいたと。 今の感覚だとオペレーションとしてはめちゃくちゃにも思えますが、当時のコックさんはひとりひとりが技術者で、なおかつあくまで「隠し味」にとどめる技量があればカレーはとりあえずその一定の個性はとどめつつ、どんな隠し味でもおいしくなったということなのかなと解釈しています。 家庭用固形ルーに隠し味を足すという発想はそんな歴史から来ているのではないかと想像しています。そして普及し始めの時代の固形ルーというものは今よりずっとシンプルだったからそういう昔のホテルレストラン式のやり方に意味があったのかもしれません。 しかし今の固形ルーは、箱書き通りに完成させた時点で充分にキャッチーです。 なので「酸味と甘味がもっと欲しいからケチャップを入れる」「甘さとコクが欲しいからハチミツを入れる」みたいに明確な目的があった上で最終の味を計算してテクニカルに何かを足すのはもちろんアリだし楽しいと思いますが、「とりあえず適当にあれこれ入れてみる」というのはあまり意味がないような気もします。でもまあ、いろいろ入れてみて偶然好みの味になる、というのもそれはそれで愉快な体験になるかもしれませんね。仮に失敗してもそうそう食べられないほどのものにはならないでしょうし。 個人的に何か足す時のおすすめは塩です。一般的なルーカレーの場合は塩分濃度は1.5%以上ですが、家庭用ルーを箱書き通り作ると1%程度。僕の記憶が確かなら昔のルーはもっと塩っぱかった気がします。日本人の嗜好の変化でそうなったのか、世の中の健康志向に合わせてるのか、はたまた「カレーたっぷりライス少なめ」で食べてもらった方がルーの消費量が増えるという戦略なのか。それは分かりませんが、僕は個人的に市販ルーのカレーの欠点はキレの無さだと感じているので、それをカバーするには塩が手っ取り早いと思ってます。キレは酸味やスパイスでも演出できますが、それは市販ルーカレーならではの良さを削ってしまうような気もするので。ただしこのあたりはあくまで個人的な嗜好と価値観です。 余談ですが先日テレビ用に「ネオ欧風カレー」と題してスパイス(感)モリモリの欧風カレーを作った時、最初塩分1%で作って後から最大1.8%くらいまで足して調整しようと考えてましたが、最終的に1%から足すことなく味が整ってしまいました。なんだかんだ言ってスパイスには減塩効果があるのかなと改めて思いました。

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