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江戸時代、春画など性表現が発達したといいますが、乳フェチ的な表現はあまり見られず、おっぱいへの関心は、欧米の性表現などと比べても、薄かったと聞きます。やはり、乳フェチは、西洋(およびキリスト教)的なものでしょうか?東洋や日本の乳フェチ表現事情についてお考えをお聞きしたいです。

『高1ですが異世界で城主はじめました』シリーズのメロンブックス購入特典、「おっぱい道18」で書いたことですが、基本的に春画に描かれる乳房は、線画が淡白で巨乳フェチを感じないものです。 そこから安田理央は誤って『巨乳の誕生』で次のように語っています。 《乳房を愛撫している様子を描いた春画も、ほとんどないのだ。少なくとも春画の世界においては、女性の乳房は、性の対象としては見られていないのである。》 この指摘は間違いであることが、学者の指摘でわかっています。 うんと遡りますが、1171年か1172年製作の日本最古の春画『小柴垣草紙』では、巨乳が描かれているんですね。大きさはD75くらい。張りのあるパツンパツンのオッパイではなく、脂肪質の柔乳系のオッパイです。 1311年頃に描かれたと言われている『松崎天神縁起絵巻』でも、高貴な男たちが一斉に視線を向ける先で、男にふられちゃった女官が巨乳を露にしています。淡白な一本線ですが、かなりの垂れ乳でE75くらい。やっぱり乳腺質のオッパイではなく、脂肪質のオッパイですね。 日本中世文学が専門の田中貴子教授は、「日本の乳房はいかに語られたか」(『ゆれるおっぱい、ふくらむおっぱい』所収)の中で、鈴木春信の春画「綿摘女」と狩野彰信の春画「天癸両濫」を挙げて、安田理央に代表される考え方が間違っていることを指摘しています。 鈴木春信の「綿摘女」は1768年頃の作品。もちろん江戸時代の春画です。D75かE75相当の張りのあるバストの先端に若い男が吸いついている絵なんですが、描かれているのは乳房や乳首に対する性的愛撫なんですね。 もう1つの狩野彰信の「天癸両濫」は1814年の作品。やはり江戸時代の春画です。E75かF75クラスのバストを男が吸い伸ばしている絵なんですが、これもやっぱり、乳房への性的愛撫なんですよね。 安田理央の「乳房を愛撫している様子を描いた春画も、ほとんどないのだ」というのは事実誤認ということです。そしてそれに基づいて出された安田理央の結論、「乳房は性の対象として見られていない」も間違いであるということです。 ぼくも江戸時代は乳房は性的には眺められていなかったと思っていたので、ぼくの過去の考えも間違いということです。 江戸時代、男は乳房を性的な視線で見ていなかったわけではないんですね。性的に見てるんです。今の21世紀よりはフェティッシュ度は落ちるけれど、江戸時代の日本人男性は乳房に対しても性的な視線を向けているんです。 ただ、膣よりも膣に対して、より強い性的な視線を向けてたってことなんです。オッパイも性的に見るけど、江戸時代の男性は乳フェチじゃなく膣フェチだったってことです。 面白いのは、春画に見る乳房への性的愛撫が乳吸いに集中していることなんですね。乳揉みじゃないんですね。 欧米は父性原理がメインで、対して日本は母性原理の世界です。なので、ママ的なものへの希求が男の中に強くあって、それが乳吸いとして具現化しているんだろうなと思います。そしてこの乳吸いが多いというのは、今の日本のAVもそうです。欧米のエロ動画よりも日本のエロ動画の方が乳吸いが多いですね。あと乳吸いが多いのはインドのエロ動画かな。 脱線しましたが、とにかく、江戸時代の日本人が乳房を性的に眺めていなかったわけじゃない。恐らく平安時代の男性も乳房を性的には見ていたのでしょう。 ただ、平安男性も江戸の男性も乳フェチではなかった。膣フェチだった。だから、絵画では淡白な線が描かれた。 対して西欧絵画では、乳房は淡白な線画ではなく、濃密なタッチで描かれています。西欧はキリスト教の影響で父性原理の世界で、大人になったら子供じみた世界から脱出して大人の男を見せろって社会です。乳吸いは子供染みた行為であり、そこから離脱しろってことですね。 そういうキリスト教的父性原理の世界では、大人になると母性原理の世界から遠ざけられます。でも、遠ざけられたって母性原理への要求は消えない。その母性原理への願い、要求が絵画に表れたのが、乳房に対する綿密な描写――西欧絵画の乳フェチなのだろうと思います。 なので、乳フェチは西欧的なものなのだろうと思います。 ただ――カジュラホ寺院のインドの彫刻とかを見ると、すげえいいボインボインの女性が造形されているんですね。ほんとむしゃぶりつきたくなるような立体的な半球形の爆乳です。あの造形に対して巨乳フェチを感じないわけにはいかない。インドにも乳フェチはあったんじゃないのか。 本当に乳フェチは西欧的なのか、西欧限定のものなのか、インド的と言うことはできないのかと言われると微妙です。 乳フェチは、もしかすると印欧的なもの――インド・ヨーロッパ的なもの――なのかもしれません。