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AO、推薦枠もっと増やして何かに尖っている人と大学内でも多く関わりたいです。
正直特に一般枠は偏差値ばかり気にして劣等感の塊で大学生活送っている人が多く不快です。
自分はこんなの立命館で出来るよと発信しているのですが、なかなかそれに関心を持ち、真面目な話を出来る相手が数少なくて困っています。
これ以上量産型の大学生を作らないためにも個性的な学生をもっと増やしてほしいです。

ご意見ありがとうございます。積極的な学生生活を送っているようですね。すばらしいことだと思います。ただ、AOだから、推薦だから尖がっているというのはちょっと乱暴じゃあないですかねぇ。一般入試で入ってきた学生でも面白い学生はたくさんいますよ。OICだけでも約6000人いますのでまだ出会っていないのではないのですかね。地域の社会人のコミュニティに食いついてる学生もいますよ。どのような志向をお持ちなのかわからないのですが、もしお望みであればダイレクトメッセージいただければ相談に乗れると思います。 さてご指摘の点ですが、立命館では一般入試、AO推薦、スポーツ・文芸入試、附属校推薦の比率を大きく変える議論にはなっていません。ご指摘は一般入試で入学し、立命館ではない他大学が第一志望で、立命館には不本意入学し、いつまでたっても立命館のよさに目を向けず「ホントは○○大学に行きたかった」とダラダラ愚痴っぽく大学生活を無目的に過ごしている学生がいて不愉快だ。といったところでしょうか。「立命館に入学したんだからさっさとハラ括って、どっぷり立命館につかって過さんかーい!」とわたしも思いますが、ナカナカ気持ちの切り替えが行かない人もまあまあいます。 しかしどうでしょう、実社会にはかなりの比率で「偏差値=大学の価値」と思い込んでいる層は 少なくないのが現状です。附属校の生徒では模試で東大にA判定がでていても、偏差値ではなく大学の教育の中身をよく吟味した上でAPUへの進学を選んだ生徒もいました。しかしまだまだこういった生徒や親御さんは少数派です。偏差値をモノサシにしない大学選択の時代はもうそこまで来ていますが、今しばらくの時間が必要なのと、わたしたち教職員が努力し、親も含めた教育界の意識改革をすすめるようがんばらねばならんでしょう。 こういった残念な学生は、高校の進路指導の先生や予備校の先生の言うことを「素直に」信じて、偏差値のランクどおりに志望校を決め、自分が社会で活躍できるチカラをつけてくれそう大学ではなく、偏差値の高い大学に入ることを目的にして「素直に」受験勉強をしてきたもともとはがんばれる優秀な生徒であったはずです。 わたしはこの「素直に」というところに着目しています。教師や予備校の先生の言うことを聞いてがんばってきたのに努力が報われなかった。それで今はイジけていますが、生来は「素直に」がんばれる資質をもっているすばらしい人たちのはずです。何かのきっかけでスイッチが入れば「素直に」前向きになるはずです。なので、大学は正課やクラブ・サークルなどの課外活動以外にもさまざまなプログラムやコミュニティを提供しています。サービスラーニングやボランティア、災害復興支援、国際交流などの正課外プログラムやインターンシップなど社会との接点を持つプログラム、「学びのコミュニティ(※脚注)」というサークルなどの枠に収まらない活動を応援する奨学金までも用意をしています。これらの仕組みやプログラムを通じて、何かをはじめることでなにかのスイッチが入ることを期待しているのです。他にもアルバイト先で刺激を受ける人もいます。またご投稿いただいた方のように個性的で前向きな学生に触発されてスイッチが入ることもあります。いろいろ目の前にチャンスがあってもまだスイッチの入らない人もいるでしょう。人間の行動にはそうさせるなにか「理由」があります。その時が大学生の間に来ない人もいます。押し付けてどうにかなるもではありません。スイッチが入ることを願って、われわれは可能性や機会を提示し続けることしかできません。ご投稿いただいた方が面倒だといってその人たちを切り捨てることは簡単です。でもそれは自分も一つ知ることを放棄するということです。スイッチの入らない人たちの「理由」を知ってみるということからスタートするのも手かもしれません。 ご投稿いただいた方も社会に出れば、一定数職場に存在するこの層と一緒に仕事をすることになります。こんなやつらと仕事できるか!と拒めばそこで終わりです。社会人は上司も部下も同僚も選べませんし、好き嫌いなどいう前に、協力して仕事しないと結果がでません。プロフェッショナルの現場で一人でできることなどたかが知れているのです。体育会も、口の立つやつも、ナンパ野郎も、真面目くんも、偏差値コンプレックスも、みんなで協力して仕事をするのが社会人です。この人とは一緒にできませんといったとたんに言った本人が孤立します。アーティストや起業家なら一人で好きにできそうに思えますが、逆です。いい作品を出そうとすれば、いい事業を起こそうとすればするほど、他者の協力が必要になります。 立命館は多様な入試方式と、全国三十数か所の地方入試で、多様性(いろんなヤツがおる)を担保してきました。お金もかかるし、入試の時期は職員のほぼ全員が日本全国を飛び回って入試を実施します。はっきり言ってしんどいです。しかしいろんなヤツがおる環境、多様性が学生の成長を促すと信じてやってきました。他大学はいざ知らず、立命館は社会の縮図、多様性、地方文化のるつぼでもあります。ご投稿された方のイライラは十分に理解できます。しかし異質なものを切り捨てるのではなく、理解できないまでも違いを認めあうことはできるはずです。この立命館の多様な環境で、社会の中でいきるチカラをつける第一歩だと思って今は残念な学生だけど「素直な」資質を持った仲間たちに、問いかけや投げかけやチャンスを提示し続けてその資質が目覚め、スイッチが入るのを促してみてはいかがでしょうか?それは出口の見えない半端なく、たいへんな道のりでしょうが、ワンピースのルフィも「一人になるのは痛ェのより辛ェ!!!」と言うているではありませんか!仲間を切り捨てるのではなく、他力本願で個性的学生を増えていくのを待つのでもなく、仲間をつくり、仲間とともに超えていく楽しみを学生のうちにぜひ経験してほしいと思います。 ※学びのコミュニティ集団形成助成金 http://www.ritsumei.ac.jp/file.jsp?id=375012

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