回答#16 質問者から別ルートで「40歳代女性で乳がんステージIVで抗がん剤治療終了を主治医から告げられた」「抗がん剤終了して副作用が減って少し元気が出てきた」という情報を得ています。 当方がいつも言っている「抗がん剤はがん治療の一部でしかない、無効となったときに強行するとかえって苦しんで、寿命が短くなる」ということも、頭ではわかっていても、なかなか受け止められない人は少なくないことでしょう。 ここでは、少し視点を変えて考えてみます。 仮にまだ有効な抗がん剤が残っていて、もう一回腫瘍縮小が得られ、余命が伸びたとしましょう。 しかし、またいずれ無効となり同様な悩みが生じます。 人間の寿命は限りがあるので、この問題は避けようがないのですが、とりあえず今は猶予してほしいというのが普通の感情でしょう。正直言って全人類の普遍的、哲学的な悩みですから、誰も回答を持っていないし、個人的な心の持ちようで対処している(あるいはできなかった)人がほとんどと思われます。 行動経済学という学問にプロスペクト理論というものがあり、人々は参照点からの差から価値を感じているとされています。参照点は通常現在の状況を基準に考えます。そして、同じ量でも、得ることより失うことの方が大きく感じるものです。 人間は、既にあるものは、あって当然と考えて価値を見出しにくいものです。逆にそれを失うと非常に苦痛を感じます。その代表例が「普通の暮らし」のありがたさでしょう。 相談者の今の身内との幸せな生活を失うことを恐れていることそのもののことです。 こういった損失状況では、リスクを伴う不確実な事でもいちかばちかでやってみたがるものと行動経済学では判明しています。これががん終末期に無謀な治療に突き進みがちな患者心理とされています。 これに対処するためには「参照点」を移動することが重要となります。 相談者のお身内は乳がんステージIVでがんと共存できる期待が大きかったのでしょう。確かに抗がん剤治療は発展しているのですが、集団としての乳がん患者さんに恩恵があるのは事実ですが、個々の例では、腫瘍のタチの悪さや危険な転移、合併症で早期に亡くなる人たちも少なくありません。さらに抗がん剤の直接的な副作用と、体力低下などに伴う間接的な副作用で、もっと生き延びられるはずだった患者さんを予想外に早く失う経験は、熟練したがん治療医ならだれもが経験しています。 この抗がん剤の引き際の判断は非常に難しく、気の優しい治療医ほど厳しいことが言えず、苦痛を伴う治療を引き延ばして、逆に患者さんが最後まで苦しみ、寿命を短くしてしまう可能性も指摘されているぐらいです。 今の状況をリフレーミング(視点を変えること)すると、致死的な副作用や危険な転移で急変することが避けられただけでも、今まで運が良かったと言えるかもしれません。ステージIVの乳がんはちょっと昔だったら、すぐ人生の終わりだったかもしれない、抗がん剤治療でおまけながら有意義な人生延長時間が得られ、また無効となった後の無謀な治療で、人生の最後まで抗がん剤の副作用にさいなまれる不幸を避けられたということでもあります。 抗がん剤治療後の余命は、個人差が大きく予測は6割外れることがわかっています。そして余命告知受けたとしても、それはそこまで生きられるという保証というわけでもありません。終末期近くでは血栓症やがん関連疾患で急変の確率が高まるからです。 将来のことが不安ということは、逆に言うと、まだ考える余裕がある、つまり現時点では抜き差しならない症状で苦しんではいないことの裏返しでもあります。 となると、将来の不安を案じるより、今日一日は奥さんと一緒に過ごせることを存分に楽しむことこそ優先度が高いのではないでしょうか?一日一日が小さい人生です。 抗がん剤などの積極的治療こそが延命につながると思っている人が多いのですが、症状緩和できないと、動けない、食べられない→筋力低下→自分の世界がベッドだけになる→精神状態の悪化→不安が痛みを悪化させる→最初に戻る、という悪循環を断ち切るという意味で、緩和ケア自体にもQOL改善とその結果としての延命効果があるわけで、そこに全力を挙げるべきでしょう。 「不幸になるから緩和ケア」になるのではなく、「不幸にさせない」ために緩和ケアを活用するわけです。 そしてこの緩和ケアの概念がなかった時代と比べて、個人の努力で多少工夫できるチャンスがあるだけでも、はるかにラッキーではないかと個人的には考えています。 それはいまだに適切な緩和ケアに巡り会えなくて、悲惨な終末期を過ごすがん患者さんをたくさん見聞きするからです。当方の啓発活動もその解決法の一環としておこなっています。
