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恥を忍んで質問させていただきます。

現在日本大学に通っているものなのですが、とてつもなく学歴コンプを感じています。1年じゃ間に合わないかもしれませんが早慶理系(理工学部)仮面を考えております。現実的に考えても3年ほどかかりそうですかね…これもうまくいった場合です。実質4浪になってしまいますがそれでも仮面したいです。休学の許可が降りなければ学校辞めてもいいです。
辞めた方がいいなど思われるかもしれませんが、今は自身の中で譲れない強い気持ちがあります。ご容赦ください。

現在物理、英語、数学しかやっていません。化学が初学です。1年費やしても早慶レベルに化学を初学から底上げしつつ他の科目も早慶レベルに持っていくのはかなり厳しいものなのでしょうか?

もちろん娯楽も全て断ち切る覚悟はついています。

ポッカリオさんの意見を聞かせてください。

こういった真剣な質問をしていただけるのはありがたい限りです。恐らくこれまでの発言に信頼を置いてくださっているゆえのことかと思いますので、私も思いの丈を正直に書いていきたいと思います。 まずはじめにハッキリ言います、仮面はお勧めできません。現状を拝見しましたが早慶はそんなに簡単には受かりません。ビリギャルなんぞの影響で誰でも受かるかのように喧伝されていますが、あれも元々進学校に通っていて、土台ができている状態だったからこそ巻き返せたのです。お譲りできない強い気持ちがあるのは承知の上で、疎ましく思われるのも承知の上で理由を書いていきます。 学歴コンプレックスというのは私自身、強く実感できます。「東大理三に合格したにも関わらず適当なことを」と思われるかもしれませんが、競争の激しい激しい受験業界の中心に身を置いていたので挫折経験なんていくらでもあるんですよ。ですから似たようなコンプレックスを感じたことはありますし、痛いほど気持ちはよく分かる。 ただですね、そんなコンプレックスはある日突然消えてなくなります、必ずや。学歴コンプレックスにせよ他のコンプレックスにせよ、自分がある価値基準を絶対化しているから生まれます。例えば、学歴で人間の序列は決まるだとか、顔面のよし悪しで人間の価値は決まる、だとかそういった何か一つの基準で価値を測れるという思い込みからコンプレックスは生まれるのですね。でもある日、その絶対化が間違っていたと気づく日が来ます。学歴で劣っていたって頭が良くて仕事の出来る人はごまんといるし、顔が悪くたって面白くて優しくて人気のある人はごまんといる。 例えば受験生時代の私は正直、学歴を人間のものさしにしていた面がありました。理三を目標として勉強していると、どうしても理三を神聖化してしまうのですよね。理三に受かった人間はめちゃくちゃすごい神のような人だと思っていましたし、必死に勉強しているのに成績が伸びずいわゆる三流大学に行くような人間はどこか見下している部分があった。もちろんそういった感情が不適切であるのは分かっていましたし、表には出さなかった。でも心の底では正直そう思っていました。 それが不思議なことに大学へ入ってからは、学歴なんかで人を判断するのがアホみたいに思えてきたんですよ。理三や東大医学部だと聞いても「ふ〜ん、受験勉強は得意だったんだ」くらいにしか思いませんし、包み隠さず言えば、早慶と聞いても日大と聞いてもその人に抱く印象に変わりはありません。受験生時代の私は、受験という世界に向けている意識が非常に大きかったため受験の成否で人を判断する側面があった、それが大学に入って色々な世界を知ってからは、受験勉強の出来不出来、というのが数ある能力の中のたった一つに過ぎないと思えるようになったのですね。 質問者さんももうしばらくたったら、受験の結果というのが人生で数ある結果のうちのたった一つであると気づくはずです。そんなたった一つの結果を多少上書きするために、若い内の貴重な数年を無駄にするのはもったいなくないですか?一年かければ合格圏に達せる人や医学部志望なら、浪人や再受験をして、憧れの学校に行くのはアリです。しかし今から三年かけて受かるかどうか分からない早慶を目指すのはどう考えてもやめた方がいい。娯楽を断ち切って努力をする覚悟があるのなら、プログラミングや英語の勉強をした方が絶対有意義です。それで優秀な人間になれば良いじゃないですか。高校時代にペーパーでは負けていたかもしれない東大や早慶の人間を、これからの努力で社会人として上回れば良いじゃないですか。 未来を目標として生きていけば、自ずと過去の結果など気にもならなくなるでしょう。大学生として生きる時間よりも社会人として生きる時間の方がはるかに長いのですよ。 それでは長くなりましたが、わずかながらでも参考になる部分があることを祈っています。お付き合いくださりありがとうございました。