4/20

2万円も払ってまで、人間関係を作る意味なんてあるんですかね?
正直、気疲れしかなかった。

 お疲れ様です.「お金を使って神経をすり減らしてりゃ世話ないな」と,自分もややもするとそのように考えがちなのでわからないことはないのですが,別の考え方も提案してみます.今回の宿泊を楽しんだ人もいればそうでない人もいるのは承知しておりますし,学生を気疲れさせるのは本意ではないですが,それぞれ正常な反応でしょう. (1)よく耐えましたし,そこで学んだことは多分ある  「人間関係を作る」ことが目的だと説明があったかもしれません(その場にいなかったのでわかりません)が,それ以外の意味もあって,首をかしげながら参加することも,無邪気に楽しむこと以上に意義があるかもしれませんよ.「気疲れしたしかなかった」のならそれによく耐えましたね.(よい友人ができた,楽しんだという人はもちろん結構なことです.) (2)細かな要素に還元しない  おそらく大学生活でも同じような局面は数多くあることでしょう.自分の首を絞めるようでなんですが,授業が授業料に見合ったものであると感じることはなかなか難しいです.年間の授業料を仮に100万円とし,学用品や通学費用,他で働いたら得られたであろう所得・機会費用(大変な額で,授業料の負担のない特待生でもこれは負担している)を考慮から外して計算したとしても次のように考える事ができます. 卒業要件124単位,おおよそ70科目(1単位の科目や要件外の科目を考慮)の授業を履修したとして, 1コマあたりでは【4年間の授業料÷履修科目数÷授業回数】 4,000,000 ÷ 70 ÷ 15 = 約3,800円 です.  90分に3,800円を喜んで支払いたいという体験はなかなかないかもしれません.もちろんここで考慮していない,学生であることのメンバーシップや卒業時の学位,単位を取得することによる資格などがあるからだという事もできます.  けれども授業のうちの一部や学習の過程で出会った人や本,自分の中に芽生えた考え等々にも金銭に還元し難い価値があるはずです.  1日,1時間を区切ってみるのではなく,大学時代を通じてできた人間関係や学んだこと,経験は誰かに奪われることがない自分自身のものですし,それは例え学費をはじめ諸々のコストが戻ってきてもご破産にはしないのではないでしょうか?(保有効果もあるとは思いますが)また,2万円かそこらを払うからと言っても長く付き合う友人を買うことも,よい師に出会うことができないですし….(私はアレですが,他の先生方は立派な方で,大学生活を通じて個人的に悩みを相談したり継続して指導を受けられることは,お買い得?なことだと思いますよ.) (3)長い目で見てください  自分にとってそこにコミットして大切な時間であった(楽しんだにせよ,悩んだにせよ)と考えればそれだけ価値がある時間だったと言えるのではないでしょうか.金に見合わない,一見すると得るものが少ないものほど,我々は帳尻を合わせえてやりがいを見出す(認知的不協和を解消しようとするような…)ということもあるかなと思います.  念のために言っておきますと,組織として計画立案や評価する際には個々の試みがうまく言っているかを考える視点では必要ですし,教員の居直りではありませんし,無理に質問者さんをいいくるめるつもりもありません.  しかし,価値の有無をすぐにきめるのではなく,ご自身の不満と向き合ってみてください.4年間の中で,「これだ!」という人や学びの出会いがあることを祈っていますし,そのきっかけを少しでも提供できたらと考えています.